――丑の刻・所領。
千狐
よし、これで戸締まりは完璧ですわ!
千狐
城娘の皆さんも寝ているようですし、 千狐もはやく自分の部屋に――
千狐
――って、あれ? あそこにいるのは誰でしょうか……?
王子
…………。
千狐
だ、誰ですか、貴方は!?
王子
…………。
千狐
(な、なぜ黙っているの……?)
千狐
(いや、それよりもこの方から感じられる霊気は――!)
千狐
まさか、貴方……。 此処とは異なる世界から来たのでしょうか?
王子
…………(コクリ)
千狐
…………。
千狐
ふふっ……そのような大事な答えを頷きだけで済ますとは。 ずいぶんと寡黙な方のようですね。
千狐
まぁ、いいでしょう。 貴方を信じることにしますわ。
王子
…………。
千狐
ずいぶんと簡単に信じる? 迂闊すぎやしないか、ですか?
千狐
……もう。 千狐を甘く見ないでいただきたいですわ。
千狐
これは、信じるに足るものを、 貴方から感じ取った上での決断です。
千狐
そもそも、邪気を孕む者であれば この所領には立ち入れませんし、 何より、その武具からは神聖な気と加護を感じます。
王子
…………。
千狐
ええ。こう見えても、千狐は神娘ですから。 ……といっても、貴方には分かりませんよね。
千狐
――あら?
千狐
貴方、怪我をしているではないですか!?
千狐
もう、なぜすぐに仰らないのですか……。 大丈夫、これくらいなら手当てできますわ。
王子
…………。
千狐
…………はい、これでよし、と。
千狐
明日になれば、痛みもひくでしょう。
王子
…………。
千狐
……そんな、もう行かれるのですか? 暫し所領で休まれていけばいいのに……。
王子
…………。
千狐
……なるほど。倒すべき敵を追っている最中だから 急がなくてはいけないというのですね。
千狐
ならば、千狐たちも協力しますわ! 我が主君であらせられる殿ならば 必ず貴方の力になれるはずですもの!
王子
…………。
千狐
……え? これは自分の世界での不始末? だから、自分の手で全てを終わらせたい……?
千狐
……分かりました。 そういうことでしたら、その意を尊重しますわ。
千狐
けれど、やるべきことを終えたら、 是非また此処にお立ち寄りください。 その時は殿にご紹介――
千狐
――って、話はまだ終わっていませんのに! はぁ、もう行ってしまいましたか……。
千狐
それにしても、あの方の眼……。 殿にも似た、強い使命感に満ちた輝きを湛えていました。
千狐
……きっと、多くの期待を背負っているのでしょうね。 ささやかながら、ご武運をお祈りしていますわ。
――翌日・九州某所
ソーマ
……報告。 どうやら、王子の姿を完全に見失ってしまったようです。
ソーマ
ほんとうに申し訳ありません、ミレイユ様……。
ミレイユ
そのように頭など下げないでください。 ソーマちゃんが謝る必要などどこにも無いのですから。
ミレイユ
いいですか? 今回のことは、 全て王子の単独行動が招いた結果なのです。
ミレイユ
なので、後でしっかりと叱らないといけませんね。
サキ
ほんと、ミレイユの言う通りよ!
サキ
まったく、王子ったら敵を深追いして、 異界へ続く『門』までくぐっちゃうんだもの!
ケイティ
突発的に開いた異界門を何とか私たちも通ることができましたが、 それにしてもこの世界で王子を探すとなると骨が折れますね……。
サキ
けど、何とか見つけ出すしかないわ! いくらあいつでも、異世界で一人きりじゃさすがに危険だもの。 ……一刻も早く手掛かりを見つけないと!
ロイ
まぁ、そう慌てなさんな。 あの王子がそう簡単にやられるとお思いか?
ミレイユ
ふふ、ロイさんの慌てず騒がずな性格は昔から変わりませんね。
ロイ
恐縮です、ミレイユ様。 まあこれしき、王国魔術師ならば当然の立ち振る舞いかと。
ミレイユ
――ですが、ロイさん? 此処は王子にとっても不慣れな異世界なのです。 もう少し、危機感をもってくださいね?
ロイ
……わ、分かりました。
ロイ
こ、コホン! え~、見たところ、 向こうに集落らしきものが見えますな。 まずはあそこで王子の情報を集めるのがいいかと。
モーティマ
(異世界の集落か……。 とりあえず、なんか美味いもんがありゃいいけどな)
ミレイユ
ん? 何か言いましたか、モーティマさん?
モーティマ
い、いや何も! それよりも先を急ごうぜ! 王子の身に、もしものことがあっちゃ大事だからな!
サキ
なんかモーティマがいつもと違って まともなこと言ってない……?
ソーマ
ミレイユ様の前だとモーティマさんも 何だかんだで萎縮してしまうみたいですね。
ケイティ
それでは皆さん。気を引き締めて、 王子の情報を探しに前方に見える集落へと向かいましょう!
――薩摩・某城下。
兵士
……ふぅ。本日の見回りも特に異常はないな。 幸いなことに兜の姿も見当たらぬし――
モーティマ
――おい、美味いもんが食えるとこは何処にあるんだ?
兵士
ひぃぃっ!? き、貴様いつのまに某の背後に……っ!!
兵士
その出で立ち……まさか、新手の兜かっ!?
モーティマ
あぁん? カブト……だと? 何言ってるんだコイツは?
ロイ
なに、モーティマ殿の風貌に驚いてしまっているのでしょう。 初対面の方にはもっと紳士的に振る舞わなくてはいけませんぞ。
ロイ
これは礼を失しましたな。 私は王国魔術師のロイと申しま――
兵士
――み、見慣れぬ赤衣に奇妙な杖っ!?
兵士
貴様ぁっ! さては南蛮の怪僧だな!! 兜を味方につけて我等が領地を狙いにきたか!?
ロイ
……か、怪僧!?
ロイ
(そうか、この世界では我々の風体は些か奇異に映るということなのだろう)
ロイ
(ふむ……この方の身につける武具と喋り方から察するに、 此処ら一帯の生活様式や文化は、我々の世界でいう 東方の国のサムライの文化に近いと見て間違いないだろう……)
ロイ
(となると…………まずいっ!? このまま金髪碧眼のミレイユ様を目の当たりにすれば、 目の前の男性の恐慌が更に増す可能性が!!)
ミレイユ
どうしたのですか、ロイさん? 何だか争うような声が聞こえましたが?
ロイ
い、いけません、ミレイユ様! ここは我々だけで何とか話を――
兵士
――なっ、金色の髪に……青い瞳、だとぉっ!?
ロイ
(万事休す……か。 せめてサキ殿であればこの方の警戒心も解けたであろうに……)
兵士
う、美しい……。
ロイ
…………え?
ミレイユ
…………?
兵士
あの、何か困り事でしょうか? よければ某がお力になりますぞ……!
ミレイユ
まぁ、なんと心優しき方なのでしょうか! ぜひとも力を貸してください。
兵士
ええ、某ができることならば何なりと!!
ロイ
ハァ…………どこの世界も男というものは 根本的には何も変わらないということですか。
モーティマ
おい、なんで俺を見んだよ!
サキ
ねえねえ、それよりもさ! 単刀直入に聞くけど、私たちある男を捜してて、 王子っていうんだけど、知らないかな?
兵士
……オウジ? すまぬ、それだけでは少し情報が足らぬな。 もっとこう、特徴や生き様なんかを教えてはくれぬか?
モーティマ
そうだなぁ……とりあえず、前髪が長いな。
兵士
前髪が長い……と。 他には?
ソーマ
強くて、優しくて、とっても勇敢な御方です。
兵士
強くて、優しくて、とっても勇敢……と。 ふむ、だいぶ絞れてきたな。他にもあるか?
ケイティ
多くの仲間と共に邪悪な敵と戦い、 世界を救おうと日々努力されています。
兵士
多くの仲間と共に……世界を救う、か……。
兵士
――!?
兵士
(さては、この方たちも『殿』に会いたいって手合いだな? 最近こういうの増えたなぁ。まあ、あれだけ活躍してれば当然か)
兵士
なら日向に向かうといいさ。 殿ならば、きっと兜を退治してるはずだからな。
ソーマ
殿? 日向? あの、私たちは王子を探しているのですが?
ロイ
お伝えし忘れていましたが、王子は我々の主君でして、 此処にいる皆と同じく、異国の武具を身にまとっているのです。
兵士
……異国の武具、か。 まあ何にせよ、殿に会いに行くのがいいと某は思うぞ。
兵士
最近じゃ、異国の者たちも仲間に取り込んでるって噂を耳にするし、 あんたらが探しているオウジっていうのが強いなら、仲間に引き入れているはずだしな。
ケイティ
王子が仲間に引き入れられる……?
サキ
あいつ……異世界だろうと 困ってる人に頼られたら、ほいほいついて行っちゃいそうよね?
ソーマ
そ、そこまで軽率ではないと思いますが……。
ソーマ
あ、でも……助けを求める方がいたら、 王子は放っておけませんから……有り得るの、かも……?
モーティマ
な、なに馬鹿なこと言ってんだよ! 王子が……あいつが、俺たちと王国を見捨てて、 異世界に永住するなんて……ありえねぇよ……。
ケイティ
……いずれにせよ、ミレイユ様。 今は日向という地へ向かうのが上策かと……。
ミレイユ
どうやら、そのようですね……。
ミレイユ
それでは、日向へと進軍しましょう! 何としても王子を見つけ出すのです!
――数刻後。 日向国・某所。
柳川城
覚悟してください! これで、終わりですっ!!
兜
――グッ、ゥゥゥ…………ム、無念……………………。
千狐
さすがですわ、柳川城さん! 殿、これで此処らの兜は全て倒せたようですね。
やくも
今回はビックリするくらい楽勝やったね! それじゃあ、所領に戻って疲れを癒やすだにぃ!
柳川城
そうですね、それでは帰還すると――
柳川城
――っ!? お待ちください、殿。 何者かがこちらに向かってきてます!
殿
…………。
モーティマ
さっきの戦い、少しだけだが見させてもらったぜ。 その強さ……お前が殿で間違いないな?
やくも
な、なんか怖そうなのが出てきただにぃ!! 新しい巨大兜さんか何かがや!?
千狐
落ち着いて、やくも! あれは人間よ!
サキ
ちょっとモーティマ! どうしてあんただけ先行してんのよ! 団体行動ってことを少しは考え――
サキ
――ん!? なにこのコ! 狐の尻尾と耳がついてるわ!? ……なるほど、この世界にも妖怪がいるのね!
千狐
……よ、妖怪!?
千狐
コン! 千狐は妖怪なんかじゃないのぉ! れっきとした神娘なのぉっ!!
柳川城
千狐さん、落ち着いてください……!
柳川城
それよりも、貴方たちはいったい……?
モーティマ
俺か? 俺は山賊頭のモーティマ。 此処とは別の世界から来たんだが……って、分かんねぇか。
モーティマ
まぁ、とにかく、俺は仲間の『王子』を探してるんだよ。
モーティマ
さっき立ち寄った集落で得た情報によりゃ、 どうやらそこの殿ってヤツが手掛かりになるって聞いてな。 こうして、わざわざ会いに来たってわけよ。
柳川城
お、オウジ? ……殿、ご存じですか?
殿
…………?
サキ
ねえ、本当に知らない? こう、煌びやかな鎧を身にまとった、すらっとした男なんだけど……。
千狐
別の世界に……煌びやかな鎧……?
千狐
――はっ!? まさか、昨日の方のことを言ってるのでしょうか?
モーティマ
ほぉ……どうやら心当たりがあるみたいだな。
モーティマ
悪いがこっちも時間がなくてな。 手短に、王子に関する情報を教えてくれないか?
千狐
……い、イヤですわ。
モーティマ
はぁ? 知ってて教えないってのはどういう了見だ?
千狐
……あ、貴方を、 信用することができないからです……。
千狐
昨夜、王子と思われる方に、 たしかに千狐は出会いました……。
千狐
傷を負っていた王子を千狐は手当てしましたが、 その傷を負わせたのが貴方ではないという確証がありません。
千狐
もし、貴方が王子の命を狙う賊徒であるならば、 千狐が何かを話すことは、王子の身を危険に晒す可能性があります。
モーティマ
……くそ。 もっともらしいこと言いやがって面倒くせぇ……。
モーティマ
なぁ、どうしても俺を信用できないっていうのか?
千狐
…………ええ。
モーティマ
…………。
千狐
――っ!?
サキ
……ちょっと! そんなふうに睨んだらダメだって! あの狐の女の子、怯えちゃってるじゃない。
サキ
このままじゃ、聞ける話も聞けなくなっちゃうわ。
モーティマ
…………こうなりゃ、仕方ねぇな。
サキ
――え?
モーティマ
少し気が引けるが……。 今は王子もミレイユも、ましてやアンナもいねぇ。 ……ここは、山賊の流儀に則って力尽くで吐かせるしか――
サキ
――ちょ、ちょっと何言ってるのよ! そんなことあたしが許すと思ってるの!?
モーティマ
だがよ、せっかく見つけた手掛かりなんだぞ!? 悪ぃが俺は……諦めるつもりはないぜ。
サキ
…………でも。 だからってこんなことは……。
モーティマ
フン……無理すんな。お前はそこで大人しく見てればいい。 こういう汚れ仕事は俺の担当だ……ひとりで何とかするさ。
サキ
…………。
サキ
…………わ、わかったわよ! あんただけじゃ無茶するだろうから、あたしも行くわよ!
サキ
……けど、ちゃんと手加減しなさいよね? これはあくまで話を聞くために仕方なく……なんだから。
モーティマ
ったりめぇだ。俺だって王子軍の一員なんだぞ? あいつの名を汚すような真似はしねぇよ。
やくも
――殿さん! あのふたり、戦う気みたいだに!?
柳川城
そんな……今は、人間同士で争ってる場合ではないというのに……。
柳川城
――っ!?
柳川城
殿、ご覧ください! あちらの方角から、 モーティマさん達の援軍らしき軍勢が見えます!
殿
…………!?
ソーマ
――――み、ミレイユ様!! どうやら、先行していたモーティマさんたちが、 殿と思われる方に、戦いを仕掛けているようです!
ミレイユ
恐らくは何かの誤解か、早合点による不和が原因でしょう。
ミレイユ
……仕方在りませんね。 双方の被害を最小限に抑える為に、私たちも戦場に向かいましょう!
ミレイユ
しかし、こちらの戦力が無用に増えては余計な疑いを与えるだけです! 向かうのは私とソーマちゃんのみとします。
ミレイユ
ケイティちゃん。貴方たちは戦闘には参加せず、 両陣営の負傷者の手当てに専念してください。
ケイティ
わ、分かりました! ミレイユ様の指示通りに動きましょう、ロイさん!
ロイ
承知しましたぞ!
やくも
……す、すごい数の兵たちがこっちにくるだに……。
千狐
…………。
千狐
…………ごめんなさい、殿。 千狐のせいで、このようなことになってしまって……。
殿
…………。
やくも
なぁ、殿さん……。 いったいどうするがや?
殿
…………。
殿
…………!
柳川城
そうですね……。 今は応戦するしか手はないかと。
柳川城
心苦しいかもしれませんが、殿……出陣の準備を!
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